こんにちは。鹿背山城プロジェクトチームのKです。
1月11日(月・祝)に毎年恒例の城郭見学会を開催しました。
例年は中世の山城を訪ねてきましたが今年は少し趣向が変わり、少し時代が下った豊臣時代の山城、滋賀県甲賀市にある水口岡山城跡と、さらに下って江戸時代の水口城跡の2ヶ所を訪ねました。
午前中は甲賀市の施設をお借りして、毎回お世話になっております、滋賀県立大学の中井均先生に事前講義をして頂きました。
現地で城の構造を観るだけでなく、その城がいつ頃どの様な場所にどの勢力によって何の為に築かれ、どんな事件があり、考古学的な調査ではどのようなことが分かっているのか・・・といったことを予め知っておくことで、現地での理解が何倍にも深まります。
更に講義後に水口歴史民俗資料館の展示を通して水口について学ぶ時間も設けました。
午後は水口城跡に場所をお借りして昼食を摂った後、いよいよ見学開始。
まずは水口城の出丸跡の隅に櫓を模して建てられている水口城資料館を見学した後、水口城本丸跡の外周を一周しながら櫓台や水堀、それらを固める石垣を観て巡わりました。
水口城の出丸跡。中央奥の建物が水口城資料館。水口城出丸跡の南東隅に建つ水口城資料館は櫓を模した二階建の建物ですが、本来の水口城のこの位置に櫓はなかったらしく、本丸の四隅にあった櫓も全て平屋建てだったそうです。
水口城資料館の建物には水口城乾(北西)櫓の遺材が使われているそうで、確かに木材の一部には鐇(チョウナ)で加工されたと思われる古そうなものがありました。
水口城跡から水口岡山城跡までの移動はかつての東海道筋を歩き、水口岡山城時代の城下町の名残と考えられている特徴的な三筋町で知られる近世の水口の宿場町の界隈を通り、そこから水口岡山城の大手口桝形跡の推定地を経て、現在は古城山と呼ばれる水口岡山城跡に登りました。
三筋町の西端。江戸時代の水口の宿場町が三筋町と呼ばれる特徴的な街区を形成しているのは、もともと複数の並行する街路が通っていた豊臣時代の水口岡山城の城下町が江戸時代になって宿場町へと変わったからだと考えれているそうです。ここから東に向かって道が3本に分かれ、やがて再び合流します。
約2時間かけて山上の曲輪跡を巡り、石垣や竪堀、堀切、食い違い土塁などの遺構ごとに中井先生から様々な解説をして頂き、また、発掘が行われた場所ではその成果についても解説して頂きました。
鹿背山城も楽に登れる山城ですが、水口岡山城はもっと楽でした・・・よね?
主郭の北西、伝西ノ丸にある土塀風の休憩施設。地中の遺構を傷つけることが無いよう、基礎を打ってないんだとか。風などで倒れないよう、ベンチが控え柱の役割をしているのですね。
古城山を宿場町や城下町があった南側から見上げても石垣は見えませんが、北側の山腹には石垣を見ることが出来ます。近世まで山の北には山林が広がっていたため、見せることを意識した破城を徹底する必要がなかったのだろうと考えられています。
穏やかな気候にも恵まれ、鹿背山城をはじめとした中世の土の城とはまた違う、織豊期や近世の城の面白さをジックリと味わった一日でした。
今回の見学会では水口図書館、水口歴史民俗資料館、水口城資料館など現地の皆様に大変お世話になりました。有難うございました。
なお、水口岡山城や水口城について詳しくお知りになりたい場合は以下の様な書籍や冊子が参考になると思いますのでご紹介しておきます。
・甲賀市史【第7巻】甲賀の城(発行:甲賀市)
・近江の山城ベスト50を歩く(編:中井均/発行:サンライズ出版)
・図解 近畿の城郭Ⅰ(編:城郭談話会/監修:中井均/発行:戎光祥出版)
・水口岡山城跡-秀吉政権要の城-(発行:甲賀市教育委員会)
Comments