『多聞院日記』を読みます

木津町史・史料篇を読む集い」は146 回を迎え、中世篇は前回でほとんど終了いたしました。 そこで新しく『多聞院日記』を全て読むことになりました。
ご存知のように、大和や山城地方の中世の基本資料ですので大変面白いと思います。全体を読むことで新たな木津のことが判明するかもしれません。
これを機会にこれまで参加されていない方もぜひ参加されることを期待しております。

         >>> 詳しくはこちら

『鹿背山城なんでも知ろう連続講座』第1回 講演会

 8月28日(日)


 鹿背山城の築城や廃城時期の記録はない。また、この城が戦場となった記録も無いが木津町史をはじめとして複数の本には、多聞院日記の天正2年4月の「カツ山ノ城落了」を引用して、カツ山ノ城 = 鹿背山城ではないかとしている。はたしてどうなのか、信長、足利将軍義昭、松永弾正久秀の動きからカツ山ノ城が鹿背山城にあたるのか検討します。
 演 題:『多聞院日記に記すカツ山ノ城落城は鹿背山城のことか』
 講 師:岩井照芳(木津の文化財と緑を守る会会長)


 一昨年の鹿背山城連続講座で、鹿背山城の発掘調査において永禄期(1560年頃)の遺物がなく、松永弾正久秀はこの城に入っていないとの話がありました。出土遺物は16世紀初めのもので半世紀ほど合いません。しかし、縄張り研究からみれば松永時代のものであり意見が食い違います。そこで大和の城郭出土土器の編年から鹿背山城出土土器の話をして頂き、鹿背山城出土土器の編年を検討します。
 演 題:『南都の土器の話』― 大和の城郭出土の土器と鹿背山城 ―
 講 師:中島和彦 先生(奈良市埋蔵文化財調査センター)

         >>> 詳しくはこちら

活動日記・会員からのたより

行事予定

  

--------------編集中---------------


木津城について

『木津東山にある山城(やまじろ)名は「木津城跡」ではないので、木津城跡公園と付ければ間違いです。』
『仮称「木津城址公園」名称についての要望書』(pdf)

仮称「木津城址公園」は「城址公園」になりました

 10月4日(土)13時30分から「城址公園」の開園式があり、当会の岩井会長も文化財保護審議会審議員として出席しました。
 公園名称は仮称「木津城址公園」となっていましたが、当会の要望により「城址公園」という名称になりました。

木津の文化財と緑を守る会の取り組み

 木津の文化財と緑を守る会は、「文化財の価値を自分たちで判断できなくては訴える力が薄れ守れない」という思いから、5つの研究部会を設けて活動しています。

研究部会

  • 『ふれあい文化講座』
  • 『鹿背山城なんでも知ろう連続講座』
  • 『木津町史を読む集い』
  • 『歴史探訪』
  • 『会員研究発表会』
鹿背山城「Ⅰ郭」から泉の津を望む

木津の文化財と歴史を守る会とは

 昭和53年(1978年)のゴールデンウイークに上津(こうづ)遺跡の発掘調査で出土した遺物の展示会が切っ掛けで同年8月13日に発足した文化財愛護団体です。今年(平成27年)で38年目になります。
 7研究部会がありますが行事の出欠は自由です。また、住所に関わらず何方でも入会できますが、政治・宗教活動や誹謗・中傷される方はお断り致します。年会費は1,500円(4月〜翌年3月)です。

会員募集(あなたも参加しませんか)
 年会費:1,500円
 FAX:0774-72-0014
 メール:「おたより」からご連絡ください

木津の文化財と緑を守る会
 会 長:岩井照芳
 事務局:京都府木津川市木津町南垣外12
 FAX:0774-72-0014


Valid XHTML 1.0 Transitional 正当なCSSです!